오랜만에 한국어 학습에 대한 이야기.
久しぶりに韓国語学習についての話。
'이버지가 나한테 공부하라고 했기 때문이다'.
〜する → 〜すると(言った、とかに続く)
〜してくれ → 〜してくれと(同上)
のような伝聞的な表現。
韓国語では、単語や活用が変わるケースがある。
ざーっと書くと
해 -> 한다고
해줘 -> 해달라고
하자 -> 하자고
해라 -> 하라고
といった感じになり、
命令の 해라 (または해)が 하라고 になるところがなかなか紛らわしい。
そこで韓国語を教えてるサイトやブログを見ると
해라 = しろ
하라 = せよ
と書いてあったりする。
まぁ日本語の動詞の活用構造になぞらえて理解しやすいし、하라が文語的表現だというのも分かる。
しかしながら、直訳的にイコールで結んでしまうことにはとても違和感があって、しろ/せよ の話は、あくまで文法的構造を理解しやすくするための補助線だと思っておいた方がいいんじゃないかと思う。
まわりくどいけど、もう少し補足すると、
まず、では冒頭で書いた '이버지가 나한테 공부하라고 했기 때문이다'. を日本語に訳したとき「親父が俺に勉強せよと言ったからだ。」と訳すとおかしくなる。
ふつうに、「勉強しろと〜」と訳すはずで。日本人が日本語で使う「せよ」と同じぐらいの仰々しいニュアンスで韓国人が하라(고)を使っているかというと、そうではない。(せよ派にも多少寄り添うなら、文脈に応じて「〜するように」などと訳してみるのも良いと思う)
ゆえに、正確に説明するなら、「韓国語の해라/하라고の活用変化は、日本語の命令形でしろ/せよ/するよう/ といった活用変化があるような構造と近い構造で理解すればいいけれど、하라고 イコール「せよ」と直訳するのはニュアンス的に的確ではありません」。
動詞の活用に関する文法的構造は日本語にも当然あって、例えば
行かない
行きます
行く
行くとき
行けば
行こう
行った
という類の活用。
(英語なら do did done みたいなやつ。)
この、かきくけこ(あいうえお)的な動詞活用も、もちろん単純にイコールで韓国語の動詞活用と一対一で対応させることはできない。
その上で「お互いそれぞれに異なる文法を持っているけど、構造的に近似している部分もあり、そもそも構造的理解をすれば把握しやすいよね」と捉えると単純なword to word翻訳を超えた理解につながると思う。
雑談おしまい